しんぶん赤旗九州・沖縄面2006年4月5日(水曜日)
水曜随想
「権力」「財力」でなく
参院議員 仁比聡平
福岡ではまだ三分咲きの桜が、国会にくるともう満開で、そのギャップに「景気は回復」と破顔の財界と、深刻な貧困と格差がひろがる庶民の暮らしがオーバーラップする。
大企業は八十七兆円もの余剰金をため込んだが、桜には何の罪もない。先日(3月31日深夜)、議員になって初めてテレビ討論に出演した。田原総一朗の「朝まで生テレビ!」で、テーマは「激論!“格差拡大社会”ニッポン」。案外みていらっしゃる方は多いようで、読者の方々からも励ましやおしかりをいくつかいただいた。
パートやアルバイト・派遣や請負など非正社員が激増し、若者は希望すら持ちづらくなっている。小泉政治は雇用のルールをどんどん壊し、職場で違法・脱法行為が常態化している。当たり前の権利を守り、人間らしく働ける社会でこそ。そんな思いでのぞみ、自分なりに力戦奮闘したが、いろいろ勉強にもなった。
あらためて強く感じたのは「政治家であるということはどういうことか」ということである。政治家は、評論家でもなければ学者でもない。企業人でも現場の組合活動家でもない。
私は、炭坑・製鉄労働者の家庭に生まれ育ち、学生時代いろんな苦労を経て、庶民派弁.護士として生きてきた。候補者として九州・沖縄・中四国を駆けめぐり、多くの方々と出会い、支えられてきた。それはいわば私の生き様であるが、それならそんな私が、政治家としてどのように生きるのか。
二月初旬に、ある県の集会で「政治家とよばれることを正面から受けとめようという心持ち」を語って激励の拍手をいただいた。
普通にいえば、政治の本質は「力」だというのだろう。
だが私たちの力は、権柄ずくの「権力」でも、利権まみれの「財力」でもない。私たちの力は、道理と世論の力である。連帯と団結の力である。私はこの春、初々しい若者たちやこどもたちの姿を胸に、そんな政治家たらん、と立ち向かう。
美空ひばりさんの一節にこういうのがある。“強いばかりが勝ちじゃない泣ける弱さが人間なのさ”(「剣ひとすじ」)。どうでしょう、みなさん? |→TOP|
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