2006年4月26日
東門さん勝利――米軍基地の固定化反対の島ぐるみのたたかい一歩前進
赤嶺政賢
4月23日投・開票で行われた沖縄市長選挙での東門さんの勝利は、政府にとっても大変な痛打だったにちがいない。当選した東門さんと電話で話した。「共闘体制が万全だった。共産党の人たちは、私が活動しやすいように細やかな配慮をしていたのがよくわかったよ。感謝の気持ちでいっぱい」とはずんだ声で選挙戦の経過をふりかえっていた。久しぶりの沖縄での革新共闘の勝利だ。社民党代議士の道を断念し、「革新無所属を貫く」決意で市長候補になった東門さんにあらためて感謝したい。
東門さんと私は、国会で5年間いっしょだった。外務委員会での席も隣同士で、周2回開催される委員会の場で、徹底して米国追随の小泉政治を追及した。辺野古で座り込んでいるオジー、オバーたちと連帯して2人でくりかえした追及は、海上基地建設断念においこむうえで小さくはない力になったとおもう。金武町伊芸区の実弾射撃訓練場建設を許さない論戦が続いていたころは、東門さんは、娘さんが病気になり、その家族の介護を夜遅くまでつづけながらの国会論戦をすべてこなすなど、精力的だった。
沖縄市で起こった、嘉手納基地所属の米軍兵士にたいするわいせつ事件をめぐって町村外務大臣の暴言にたいして、その後の弁解を許さず、連携しておいつめた。あとで外務省の役人から耳打ちされたが、「2人の国会質問は、県民の現状をよく知りつくしての追及なので勉強になった。『沖縄の心』の真剣さを感じる」と評価された。地上戦で戦争の悲惨さを体験し、戦後は、米軍の不条理な支配下におかれてきた沖縄の現状はどうしても変えなければならないという共通点が二人の国会活動を熱くさせたのだと思う。
沖縄の闘いには、波があるが、決して現状をあきらめない強さがある。宜野湾市の伊波市長の誕生は、日米両政府を揺るがす闘いに火をつけた。東門さんが市長として就任する沖縄市も、嘉手納基地の爆音被害、戦闘機の墜落事故、米軍人による犯罪がくり返されている地域だ。米軍基地との共存をおしつけるため、米軍高官が「嘉手納基地の爆音は沖縄市にドルを降らす音」といいはなったこともあったし、そんな立場をとる政治勢力も小さくない。そんな街に米軍基地を許さない市長の誕生の意義ははかりしれない。
名護市長の政府への屈服を目の当たりにした沖縄市民は、安保の壁に風穴をあけようという東門さんを市長に選んだ。米軍基地の固定化に反対する島ぐるみのたたかいにむかって、沖縄はまた一歩前進した。東門さんに「共産党はどんな苦労もひきうける」と伝え、東門さんからは「ほんとよ。忘れないでよ。これからが本番だから。」との返事がかえってきた。 |→TOP|
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