しんぶん赤旗九州・沖縄面2006年11月8日(水曜日)
水曜随想
ヤンバルの母の叫び
参院議員 仁比聡平
糸数けいこさんと私は個人的にも仲良しである(と私は思っている)。小さい体いっぱいにあふれるエネルギーと笑顔にこちらまで元気になる。そんな人だ。
けいこさんの「命どう宝」の原点をききながら私は涙をこらえきれなかった。
沖縄戦の激戦地・読谷村に生まれたけいこさんの家は焼け落ち、おじさんは戦死された。お母さんはヤンバルに逃れたがそこで産まれたけいこさんの幼いお姉さんは栄養失調で生後一週間で亡くなり、その一週間後には当時三歳のお兄さんも亡くなった。お母さんはお墓を掘り起こしてまで「息子を返してく
れ」と泣き叫んだという。
読谷の95%の土地は米軍に接収され、日常の風景として存在する基地。相次ぐ米軍犯罪と事故。けいこさんは痛苦の沖縄戦の体験と、読谷村の戦後のあゆみの中から生まれた平和の政治家である。
国会で「無所属」をつらぬくことは大変である。所属委員会や質問時間にも大きな制約を受ける。それでもけいこさんは本会議場の演壇正面の無所属の議席を守り続けてきた。
それは沖縄の心を代表する凛々(りり)しい姿であり、私はその姿に沖縄県民の共同の力を感じてきた。
知事選への熱い連帯の場となった赤旗まつり。そのシンポジウムでデビー・キナタさんというけいこさんと同世代の魅力的な女性に 出会った。沖縄の海兵隊司令部移転が狙われるグアムの先住民族チャモロ族の代表で、パーソナリティーを務めるラジオ番組でなんと憲法九条を紹介されたそうだ。
もともとチャモロ族のものだったグアムが米軍支配下に入って六十年余。小さなグアムの三分の一が基地にされ、先住民は伝統文化も禁じられ低水準の生活を強いられてきた。
若者は海外に出るか米兵になるしか道がない。米軍犯罪も事故も同じである。「グアムにも沖縄にも米軍基地はいらない」と語るデビーさんと名護平和委員会会長大西照雄さんの熱い連帯の握手は、戦争を許さない海を越えたスクラムだ。
連帯こそ団結こそ平和を拓(ひら)く力である。「けいこ必勝」へ。総力をあげよう。 |→TOP|
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