しんぶん赤旗九州・沖縄面2007年5月2日(水曜日)

水曜随想

沖縄戦のわい曲許さない

衆院議員 赤嶺政賢


 名護市議の具志堅徹さんの母親ヨシさんの首には、戦争のときについた稲妻のような傷跡が残っていた。サイパン島で米軍に追い詰められて絶望し、ヨシさんと母親がお互いに刃物で切りつけあったときの傷だ。ヨシさんの母親はそのときの傷が原因でしばらくして捕虜収容所で息を引き取った。

 ヨシさんは戦後長く戦争のことや首の傷跡のことを語らなかった。当時は米軍が上陸してきても「捕虜にはなるぐらいなら自決せよ」という軍命があった。軍は「捕虜になると女性は米兵に乱暴され、男性は八つ裂き、戦車で轢殺(れきさつ)」(琉球新報沖縄戦新聞)というデマまで流していた。

 当時の人々は米軍に追い詰められたら「死ぬ」ことしか残されておらず、投降などとても許されなかった。ヨシさんと母親はその犠牲者だった。

 ヨシさんはその体験から、戦後は沖縄人民党を支え、日本共産党員として生涯をつらぬき4年前八十三歳で逝去した。

 サイパンでおきた同じことが直後の沖縄戦でも繰り広げられた。

 「出てこーい、出てこーい。水アル、食べ物アル」という米軍のよびかけにたいしても、日本軍といっしょに非難していた人々は軍が怖くて誰も壕(ごう)から投降できなかった。それどころか、刃物や毒物、手榴(しゅりゅう)弾などをつかって家族や親せき同士で互いに殺しあう「集団死」が県内各地で起こった。

 これは軍民が混在していたために起こった「追い込まれた死」なのだ。軍が駐屯していなかったところでは「集団死」はおこっていない。その実相が教科書から削除されようとしている。

 今年の教科書検定で「日本軍の強制」という表現に検定意見がついた。沖縄戦を体験した生き証人のなかから「こんな教科書では沖縄戦の真実が伝わらない」と怒りが噴きだしている。「安倍政権になれば『自虐史観に基づいた歴史教科書も官邸のチェックで改めさせる』と発言していた人物が官房副長官にすわり教育再生会議を主導している。

 この問題は安倍内閣の戦後レジームからの転換と一体だ。これは憲法9条をなげすてる「恐ろしい国づくり」につながる。改憲阻止をかかげた参院選挙、沖縄戦の記述を元にもどすたたかいのうえでも重要になってきた。

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