しんぶん赤旗九州・沖縄面2007年6月27日(水曜日)

水曜随想

悲劇は日本軍がいた島で

衆院議員 赤嶺政賢


 沖縄戦の犠牲者を追悼する「慰霊の日」は6月23日。その日は各地で慰霊祭が行われる。沖縄県が主催する「沖縄全戦没者追悼式には安倍総理も出席した。式典で首相は「在日米軍の再編を着実に推進していく」と県民に挑戦的な言動をはき、教科書から「集団死(強制集団死)」への日本軍の関与が削除されたことについては、「審議会で学術的観点から検討している」と全く問題がないという姿勢を淡々と語った。

 総理は、沖縄県民を全く理解できないようだ。県遺族連合会の会長は式典でのあいさつのなかで「『集団自決』は、我が国唯一住民を巻き込んだ地上戦があった故に惹起した。生き残りや多くの方々の証言で紛れもない真実である」と述べたが、総理はこの言葉を「抗議の声だ」とうけとめきれただろうか。彼にはやめてもらう以外にない。

 私は、毎年6月23日には激戦地の南部を訪ねることにしている。今年も朝早く自宅をでて、平和祈念資料館を見学し、健児の塔、平和の礎、魂魄の塔、姫百合の塔、戦時遭難船舶遺族会主催の「海鳴りの像」前の慰霊祭に参加した。今年は各地で見知らぬ人から声かけられた。「赤嶺さんでしょう?」と確認されて「戦争の実相を政府はなにもわかっていない。怒りで体がふるえる。」「戦争を知らない安部首相がゆがめたのだ。赤嶺さん頑張って」というものだ。みんな怒っている。抗議決議を採択した慰霊祭もあった。その日はさながら犠牲者への鎮魂と政府への抗議集会の様相だった。

 沖縄戦は、日本軍がいなかった離島では「強制集団死」はおこっていない。米軍が上陸してきたとき、島の指導者たちは、米軍に投降し、多くの命が救われた。「捕虜にナリタル場合ハ、必ズシヌコト」を強制する天皇の軍隊の存在が決定的だったのが沖縄戦だった。  

 玉砕を精神とする日本軍は、直接戦闘に少年、少女も動員した。伊江島では、乳児を背負った母親まで切りこみ隊に参加させられた。延長国会では検定の撤回を政府にもとめて闘う。そして日本共産党が躍進することこそ、検定撤回の大きな展望をきりひらくという思いを日々強めている。

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