| 「命どぅ宝」「憲法9条」は沖縄の心、世界の心 |
憲法をふみにじり、アメリカいいなりに、米軍支援の海外派兵をすすめる小泉・自公政治とキッパリ対決。「沖縄の心」を発信してきたのがあかみね議員です。
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| 沖縄戦、米軍占領を体験した沖縄の目で |
| イラク、アフガンを調査、世界平和の先頭に |
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九州・沖縄で唯一国会議員として、イラク・パキスタン・アフガニスタンと戦場を調査し、国際平和の先頭に立ってきたのがあかみね議員です。
「私は、悲惨な沖縄戦を体験した人々に囲まれ、米軍占領下で育ってきた。外国の占領軍に占領されているイラク国民の気持ち、沖縄の立場をもってすれば、いろいろわかる」――沖縄の目でみたことを、小泉首相へ質問。イラクに必要なのは自衛隊でなく、医療、電気などの人道・復興支援であると訴えました。
さらに、「自衛隊の支援活動は非戦闘地域で行う」と繰り返す小泉首相に、「私が滞在中、米兵が『仕事よこせ』のデモ隊に発砲し二人死んだ。その数時間後、米兵が射殺された」「自衛隊がイラク国民を殺害するかもしれないし、殺されるかも知れない」とせまるあかみね議員。この質問は「首相を圧倒」「戦争反対の議員に感謝」と反響をよびました。
憲法9条いかした平和外交こそ
「イラクの若者が『日本は憲法九条に基づいて、経済の繁栄をなしとげてきた。日本の国はイラクの人のあこがれだった』と言っていた」――あかみね議員は、外交に自主性がなく対米従属の国では、国際社会と友好もすすまないと痛感。憲法九条をいかした平和外交こそ、日本の国際貢献の道と訴えています。 |
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| 「米軍と国民の生命と、どちらが大切か」 |
| 安保をなくし、本当の独立・平和の日本へ全力 |
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| 世界の人々、沖縄県民を苦しめる米軍普天間基地 |
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| 米軍優遇の「思いやり予算」暴露 |
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あかみね議員の調査で、1979年度から2000年度までに米軍への「思いやり」予算で建設された施設が11930件、1兆6千億円。家族住宅、学校、航空機の耐爆シェルターなど、初めて実態が明らかに。 |
| 民主・自由と与党は「継続」に賛成 |
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「思いやり」予算継続の新特別協定に、あかみね議員は「米軍を引きとめる保障で、全廃すべきだ」と主張。自民・公明、民主・自由は「継続」に賛成しました。 |
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アメリカのアフガンへの報復戦争支援、イラク戦争支持と占領軍支援、有事法制など憲法違反の法案を次々と強行し、日本を戦争できる国に変える小泉・自公政治。
あかみね議員は「沖縄の心(命どぅ宝)は二度と戦争を認めないこと」と、法案阻止へ国会内外の運動とむすんで政府を追及してきました。
有事法制―沖縄から出撃し、戦場に
有事法案のねらいが、米軍への戦争協力を国民に強制することや、「米軍基地の75%が集中する沖縄県民にとっては大きな心配」と、沖縄から出撃し、戦場になる危険性をただしていきました。
自民・公明・民主・自由は有事法案を強行するなか、「米軍支援や国民を強制的に協力させる内容を示さないまま、法案採決の強行は認められない」とあかみね議員は最後まで反対をつらぬきました。
対等平等の友好条約を
「アメリカの行動を支持することが国家利益にかなう」「日米安保体制を堅持・強化する」という小泉首相。自民党から社民党まで安保賛成・容認のなか、「日米安保条約と国民の命のどっちが大事なのか」と、米軍支援のおおもとにある安保条約廃棄し、対等・平等の日米友好条約にきりかえ、本当の独立・平和の日本へがんばる日本共産党とあかみね議員こそ、国政の場に必要ではないでしょうか。 |
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| 県民苦しめる米軍基地なくす先頭に |
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「基地なくせ」の願いを逆手にとり、米軍基地とリンクした振興策をえさに、基地の機能強化・固定化をねらう自公政府。それと対決し、基地なくす先頭に立つのがあかみね議員です。
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| 基地のたらい回し反対 |
| 基地おしつけの自公政府と対決 |
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| 宜野湾市長 伊波洋一 |
| 基地をなくすことが世界平和につながります。そのためにも、普天間基地は県内移設でなく、なくすことをかかげる日本共産党・あかみねさんを国政に送り出すことこそ、日米政府への痛打になり、沖縄の基地をなくす方向を示すことになります。私も応援します。 |
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「15年使用期限」の破たん明らかに
「知事が基地受け入れの前提とした『15年使用期限』をブッシュ大統領は『困難』といっている。15年期限問題は破たんした」――名護の海上基地問題で政府を追及、新基地建設の白紙撤回をせまるあかみね議員。
宜野湾市長選では、革新・無党派との共同を大切に、普天間基地県内移設ノーの市長誕生へ力をつくしました。
那覇軍港の浦添移設――基地固定化の最新鋭基地
あかみね議員は、那覇軍港の浦添移設で、海兵隊の強襲揚陸艦が制限なく入港でき、新軍港と牧港補給基地を直結した専用道路で補給基地の能力が高まることなど追及。
「無条件返還で米側と交渉を」――普天間移設も浦添移設も基地の機能強化になる本質を暴き、解決の道を示すあかみね議員。「基地なくせ」の願いをたくせる代表です。 |
| ジュゴンやサンゴが破壊される |
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「沖縄の自然を知るものなら、リーフを破壊して基地をつくるなど考えられない」――名護の海上基地建設中止とともに、ジュゴン保護区の設定やサンゴ保全をせまるあかみね議員。「絶滅は困る。できることはしたい」と環境相も答弁しました。 |
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| なくらならない米軍犯罪・事故・基地被害 |
| 米軍まもる地位協定は見直せ |
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米軍犯罪がおこるたび、問題になる被疑者の引き渡し。米軍は日米地位協定をたてに事件起訴まで応じません。
あかみね議員は、一九七三年に外務省が作成した地位協定解説書を示し、「起訴前に引き渡されない理由は米兵犯罪者の権利を守ること」にあると暴露。「県民が望むのは米兵保護ではなく、国内法と同じ処罰だ」と地位協定の見直しを政府に要求しました。
「米軍基地を沖縄から撤去してこそ県民の苦難解決に」と政府に真正面からせまるあかみね議員こそ、国民の生命と安全、主権を守る政治へ転換する確かな力になります。 |
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基地に頼らず
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| 沖縄の人材・資源をいかした産業発展を |
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あかみね議員は、「新沖縄振興法」の審議で、95年以来の沖縄振興策が、基地の移転とリンクした振興策で、市町村への過重な負担をつくりだしていることを指摘しました。
また、復帰以来すすめてきた国の公共事業の半分以上を本土企業が受注、その受注企業から自民・公明へ献金されていることを示し、「パレットくもじ」など百%地元企業発注などの例もあげて、県内企業への発注を増やすよう追及。
沖縄の優位性をいかせる農林水産業の振興へ、輸送コストの軽減などを要求。経済自立を図り、沖縄の特性をいかした足腰が強い経済をつくることを提案してきました。 |
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| くらし・福祉・経済発展 |
| 県民の願いにこたえ、住みよい沖縄へ全力 |
「国民が主人公」はあかみねさんの活動の原点。くらしと福祉の向上、自然保護、地元産業の振興にと、県民の利益第一をつらぬいてがんばっています。
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「島人ぬ宝」、沖縄の自然守れ
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| 住民運動と力あわせ、政府をおいつめる |
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ヤンバルクイナやジュゴンなど、世界でも貴重な野生動植物が多く生息する豊かな自然環境は、沖縄のかけがえのない宝です。
あかみね議員は、自然保護運動の人々の協力を得て、米軍の新基地、泡瀬干潟埋め立て、赤土流出などによる自然破壊の危険性を指摘し、政府を何度も追及、「世界に誇る自然を守ってこそ沖縄の発展がある」と計画撤回と自然環境保護を強く求めました。議員団と共同で「干潟保全法案」を提案・奮闘しています。 |
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| 台風14号被害、国保税… |
| 身近な願いですぐ交渉 |
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国保税・介護保険料軽減など県民要望を党県議らと各省庁をまわり政府へ申し入れたあかみね議員。甚大な被害をもたらした宮古の台風被災ではすぐに現地調査し、政府に緊急の救済対策と老朽施設の改築などを真っ先に要請。「さすが共産党」と他党議員・県民から評価されています。 |
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| 庶民をまもる事務所 |
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| 生活相談、毎週開催 |
| あかみね議員の事務所は、毎週月曜日に無料法律相談を開催(要予約)。弱い者の味方、身近に役立つ事務所として好評です。(写真は相談受ける弁護士) |
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| 企業・団体献金受け取らぬ党の本領を発揮 |
| ムネオ疑惑「沖縄金脈を追及する急先鋒」(夕刊フジ) |
| 公共事業を食い物に? |
| 自民・公明へ献金 |
| ●鈴木宗男議員の後援会と政党支部から政治家(自民57人、公明1人)に流れたカネ2億3885万円 |
| ●県内国会議員が集めた企業・団体献金(99-2000年の計) |
| 下地幹郎 |
2億2294万円 |
| 仲村正治 |
5942万円 |
| 嘉数知賢 |
6866万円 |
| 白保台一 |
4394万円 |
| 西銘順志郎 |
330万円 |
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あかみね議員は、自民党の鈴木宗男衆院議員が沖縄県内で、基地とひきかえにした国の振興策の受注業者などから、六年間に三千三百万円余もの献金を集めていることや、沖縄選出自民・公明議員の企業・団体献金を暴露し記者会見。
国会でも、沖縄の国立劇場建設に絡む疑惑をとりあげ、建設地決定の過程で、沖縄開発庁長官だった鈴木宗男議員などに用地所有者からの献金が増加している事実を示し、「ばく大な献金で建設地が左右された疑いを持たざるを得ない」と追及。「沖縄金脈追及の急先鋒」(夕刊フジ)と評され、宗男逮捕への世論を喚起しました。 |
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沖縄の産業振興へまっすぐがんばる
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▲BSE問題で調査、酪農家から話を聞き、国・県へ申し入れ |
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▲自民・保守派の妨害をはねのけ、日本共産党などの尽力で実現したモノレール |
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▲全国一悪い沖縄の失業・雇用状況を調査し、改善を求める |
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▲国の公共事業の県内企業の分離・分割、
優先発注など69項目の県民要望で政府交渉 |
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いつも全力投球
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あかみね政賢の原点
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反戦平和に情熱燃やして、祖国復帰運動を全国に |
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一九四七年、那覇市宇栄原に生まれ、米軍占領下での土地取り上げや米兵の横暴なふるまいなど県民が苦しめられている状況を目のあたりにして育ったあかみねさん。中学時代「新聞記者になって米軍を告発したい」と担任教師をビックリさせたことも。国費学生として東京教育大学に進学。大学時代はベトナム戦争の真っ只中。全国の大学をまわり沖縄の祖国復帰を訴え、沖縄のたたかいを全国へ発信。運動の中で、誰もが幸せになれる社会へと日本共産党に入党しました。 |
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教科書にはない、沖縄の誇りを教え――高校教諭時代 |
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一九七一年、大学を卒業し高校教師として八重山で国語の教鞭をとったあかみねさん。生徒や同僚からもしたわれ、ある教え子は、「教科書にない山之口獏など沖縄出身文学者の作品や郷土・沖縄への誇りを教えてもらった。いまその先生の気持ちがわかる」と、その情熱ぶりは語り草になっています。 |
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政治を変えなければ、子どもたちの未来もくらしもよくならない―― 日本共産党の専従に |
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台風・干ばつによる一家離散、本土企業による土地買占めや自然破壊、生徒たちの中途退学――離島の人々の苦しみを直接体験したあかみねさん。政治をただすことなしに問題は解決しないと共産党の専従活動家に。
那覇市議を三期つとめ、国保手帳の無条件交付からモノレール建設まで、親泊革新市政をしっかりささえました。二〇〇〇年に古堅実吉さんのあとを継いで衆院議員に。いつも全力投球です。 |
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